Spiritual whereabouts      3
             
――魂の在り処――

神田と一緒に任務についてから、どれぐらい経つのだろうか。

いつも顔を付き合わせると喧嘩ばかりしている。

お互いに譲らず、喧嘩の後は言いすぎたと反省するのに。

それでもアレンはいつも神田の姿を目で探していた。

気がつくと神田の気配を求めて五感を張り巡らしている。

 

―――― 僕、どうしちゃったんだろ……?

 

思えば出会いは最悪で、命からがら辿り着いた教団本部の入り口で

いきなりアクマと間違えられ、刀で切り付けられた。

自画自賛する訳ではないが、アレンの左腕は誰にも傷つけられたことがなかった。

アクマの砲弾に当たっても、それにはかすり傷ひとつ付かない。

それなのに、初めて会った黒いエクソシストは、

たった一振りで彼に神経まで達するほどの深い傷を負わせたのだ。

 

アレンは今まで自分以外のエクソシストは、クロス元帥しか知らない。

エクソシストが持つ力は計り知れないと聞いていたが、

ここまで強いとは予想だにしていなかった。

自分とは真逆な漆黒の髪と瞳を持った神秘的なエクソシスト……

 

アレンの神田に対する印象は鮮烈なものだった。

それは真っ直ぐで真摯な瞳をした彼が、自分にない全てを持っている気がしたから。

自分を受け入れず、遠く未来を見据える瞳が眩しくて仕方なかった。

嫉妬に似た羨望の情がそこには存在していた。

 

彼に自分を認めて欲しい。

自分に目を向けて欲しい。

関心を持ってもらいたい。

彼の興味を……惹きたい。

 

だから神田と任務を一緒にすると決まった時は焦った。

どうやって彼に自分を認めてもらうか、そればかり考えていた。

任務自体も大事な事に変わりはなかったが、

それでも目の前のアクマを自分で倒して、

少しでも早く神田に見直してもらおうという思いが先にたっていた。

 

自分のそんな甘い考えが災いし、アクマに自分の能力をコピーされ、

挙句の果てに、神田がその能力で致命傷を追わされた。

その瞬間、アレンは逆上のあまり己を失う。

 

もし、神田が死んでしまったら……

 

そう考えただけで身の毛がよだつ。

何度も傷を負った神田の呼吸を確認し、その吐息に安堵した。

本当は任務そっちのけで神田の傍に居たいとも思ったが、

そんなことをしたら後で神田に呆れられてしまうだろう。

身勝手な思いがアレンを任務に繋ぎとめていた。

 

今まで感じたことのない気持ち。

いつもニコニコと相手の機嫌を伺ってばかりで、

自分が嫌われる事を恐れた。

でもそれは見かけだけの好意で、心のそこから認めてもらいたいとか、

自分が相手の一番になりたいとか、

そんな感情とはかけ離れたものだった。

 

けれど神田は違う。

気がつけば彼のことばかり考えて、求めている。

 

―――― 僕は、神田のことが……好きなんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の気持ちを認めてしまったら、より一層苦しくなった。

アレンは本気の恋愛には疎く、好きな相手に素直に接する事が出来ない。

いや相手が神田以外なら、こうならなかったかもしれない。

たまたまその相手が彼だから、

相手の反抗的な態度に煽られ、自分まで天邪鬼になってしまう。

それが事態をこじらせ、ややこしくしてしまったのだ。

 

せっかく神田が回復し、一緒に居られるというのに……

神田は相変わらずそっけない態度で、アレンは焦りを募らせるばかりだ。

まさかあの場で神田に言い咎められ、好きだと告白してしまうとは、

アレン自身にも予想つかない展開だった。

 

 

「絶対マズいよなぁ……神田、引いちゃったよな……

 いきなり嫌いな相手から告白されたら、普通嫌がるし。

 おまけにあんなダサい告白の仕方じゃ、余計に嫌われちゃうじゃん……

 情けないったらありゃしない……」

 

 

ふぅと深い溜息をつき、涙目になる。

このまま知らん振りして、憎まれ口でもきいていた方がいいのか、

それともうっとうしがられるのを覚悟で突き進むか。

アレンにとってはどちらが良策なのか全く持ってわからない。

 

 

「ああ、もうっ。どぉすればいいんだよぉ〜!」

 

 

頭を両手で抱え込み、厨房の入り口でしゃがみ込む。

色んな思いが交錯する頭では、情けない考えしか浮かんでこない。

好きで好きでたまらなくて、嫌われたくなくて。

何とかして神田に振り向いて欲しい。

けれどこのままでは嫌われる事は目に見えている。

なら、このまま仲間として共に歩むのか。

それも無理な話に他ならなかった。

 

 

「……カンダ……どうすればいい……?」

 

 

切ない思いで呟いてみても、愛しい相手が答えてくれるわけもない。

すると、そんなアレンの頭の上で、

どこかで聞いたことのあるような、ざらついた声が聞こえた。

 

 

「あれ?お前はたしか……」

 

 

こんな異国の地で、教団の人間以外に誰が自分に声をかけるのだろう。

鬱陶しいと思いつつもゆっくりと頭をもたげ、その声の主を見上げる。

すると、そこには見覚えのある生臭い中年男の顔があった。

 

 

「……あ……あっははぁ……どぉ〜も……」

 

 

その顔を見るなり、乾いた愛想笑いがアレンの口から漏れた。

本当は知らん振りを通したい相手がそこにはいたのだ。

思い出したくもない暗い過去。

師匠であるクロス元帥が山ほど抱えた借金の相手だった。

 

 

「……その……お久しぶりです。

 えっとですねぇ、今僕は在る場所で仕事をしてまして、

 借りたお金はきっと事情を話せばですね、返してもらえるのではないかと……」

「ははん。こんな所で会えるとは奇遇だな。

 俺のほうは別にそんなに急いで借金を返せとは言わないぞ?

 まぁ、いつものようにお前が付き合ってくれれば……だがな……」

 

 

厭らしい笑いを漏らし、男が舌なめずりをする。

その薄気味悪さに思わず寒気がしたものの、

座り込んだ自分の真上にしっかりと構えている男からは容易に逃げられそうもない。

かといって、この場でイノセンスを使う訳にもいかないわけで、

アレンは困ったなという表情をあらわにして

何とか上手くこの場を切り抜けられないかと考えていた。

 

 

「……え……いやぁ……それが生憎今は、ちょっと取り込んでまして……」

「上手い事を言って逃げようとしても無駄だぞ。

 しばらく見ないうちに、また随分色っぽい顔をするようになったじゃないか」

「……は……ははは……」

 

 

アレンの背筋を、冷たい汗が流れては零れ落ちる。

それはこの後の悪夢のような展開を、予想しての事だったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――― あのモヤシ……一体どこ行きやがった……

 

 

果物ナイフを借りに行くといったきり戻ってこないアレンに、

神田は業を煮やし出していた。

まさか、いきなりアクマに襲われたりしているのか。

そんな嫌な予感が頭をよぎる。

まぁ心配ないだろうとは思うものの、

それでもさっきまでのように無視を決め込むわけにも行かなかった。

 

 

「……チッ……」

 

 

口惜しげに舌打ちをし、神田はベッドから身を起こす。

そして、徐に部屋から出ると、アレンが向かっただろうホテルの厨房へと向かった。

 

長い廊下をすり抜け、階段を下る。

すると、見たことのある白い髪が、一人の中年男の影に見え隠れしていた。

一見したところ、トラブルにでも巻き込まれたのか、

アレンは無造作に男に腕を引っ張り上げられている。

 

―――― 何やってんだ? アイツ……

 

次の瞬間、神田は目の前に繰り広げられる光景に目を疑った。

 

どこから見ても成金っぽいその男は、

目の前にいる白髪の少年を、まるで男娼でも扱うように壁に押し付け、

シャツの胸元を乱暴にこじ開けては、その首筋に自分の唇を這わせ出した。

アレンは驚いたように身じろぎして、男の顔を跳ね除けようとしている。

 

 

「……ちょっ……ちょっと!!」

「……わあっ……!!」

 

 

アレンが男を押しのけようと、力を入れた瞬間、

自分の力ではなく、別の理由で男が自分から離れたのが見て取れた。

あっという間に男の首筋に、鮮やかに光る六幻の刃先が突きつけられていた。

 

 

「ひいっ……お、お前は誰だっ……」

「それは、こっちのセリフだ」

 

 

アレンが目を丸くしている傍らで、神田は六幻を男に突きつけたまま

瞳で射殺せるほどの勢いでその男を睨みつけていた。

あまりの神田の眼光の鋭さに、男は身を縮め震え上がっている。

 

 

「……こっ、殺さないでくれっ……!

 金なら、ほら、ここにある! 全部やるから、足りなければもっと持ってくるから、

 だから命だけは……命だけは助けてくれ!!」

「見くびるな……金などいらん!

 殺されたくなければ、今すぐその汚ねぇ手を放して、

 何処かへ失せろ!

 二度とコイツに近づくんじゃねぇ……」

「……ひ、ひいっ……!」

「……か、神田……」

 

 

男は転がるようにその場を後にした。

 

 

後に残った二人は、互いに言葉を発することなく、

冷たい沈黙だけが、その場を重々しい雰囲気で包み込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        NEXT

 

 

 

 

≪あとがき≫
……というわけで、とんとん拍子で話は展開してまいります。
さぁて、この後神田はどう出るか??
アレンの告白は吉と出るか凶と出るか?
次回をお楽しみにしていてくださいませ〜(〃⌒―⌒〃)ゞ





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